時間
2001年8月15日「いつまでも変わらないモノ」
そんなモノは無いって分かっていた。
分かっていたはずなんだけど。
今日、母方の祖母に電話をしたときの話。
私:「おばあちゃん。今年は花火大会いつあるの?」
ば:「あらあら、イチゴちゃん。
いつ帰ってきたの?今年は長くいられるの?
寂しいから遊びに来てけれな」
私:「9日だよ。今年はね、2週間いるから。
おばあちゃんの所にもいっぱい遊びに行くからね」
おばあちゃんは、この後に今年は花火大会は無いんだって
ちゃぁんと教えてくれました。
別に普通の会話だって思うでしょう?
でもね、あたし3日くらい前に「帰って来たよ」って
おばあちゃんの所に遊びに行って来たばっかりだったんだ。
2時間くらいいて、いつ帰って来ていつ帰るかとか、
色んな話をしたのに。
お母さんにこの話をしたら、
最近おばあちゃんは、さっき話したことも忘れてしまうみたいだと、
同じ話を何度も繰り返すようになったと、
そう言ってた。
ついこの間まではすごくしゃっきりした人だったのに。
認めたくはないけれど、ボケが始まってしまったのかもしれない。
今、おばあちゃんはおじいちゃんと2人暮らし。
一緒に住んでいた伯父さん親子は、
伯父さんの転勤の為に車で6時間はかかる岩手に引っ越してしまった。
どんなに2人が寂しくても誰かが側にいてあげられないのが現状。
ただラッキーな事に、ウチはおばあちゃんの家まで車で30分の所にある。
その上、お母さんは今はずっと家にいるから、
いつでもおばあちゃんの所に行ってあげることが出来る。
自分が何歳になろうが親は親。
大事にしたいと思うのが人の心でしょう。
だから、我が家ではお母さんがちょくちょく実家に出掛ける事については
何にも言わない。
よく考えてみたら、おばあちゃんももう72歳。
そういう事が起こってもおかしくない歳なんだなぁ。
あたし達の時間が流れているのと同じように、
親にもおばあちゃんにも、同じように時間は流れてる。
若いあたし達が年を重ねることよりも、
お年寄りが老いていくことの方が誰の目にもはっきりと分かる変化。
変わらずに在り続けるモノなんて、この世には存在しない。
改めて思い知らされた、ほんの数分間のおばあちゃんとの会話。
明日はおばあちゃんの所に遊びに行こう。
あたしを忘れてしまわないように。
そんなモノは無いって分かっていた。
分かっていたはずなんだけど。
今日、母方の祖母に電話をしたときの話。
私:「おばあちゃん。今年は花火大会いつあるの?」
ば:「あらあら、イチゴちゃん。
いつ帰ってきたの?今年は長くいられるの?
寂しいから遊びに来てけれな」
私:「9日だよ。今年はね、2週間いるから。
おばあちゃんの所にもいっぱい遊びに行くからね」
おばあちゃんは、この後に今年は花火大会は無いんだって
ちゃぁんと教えてくれました。
別に普通の会話だって思うでしょう?
でもね、あたし3日くらい前に「帰って来たよ」って
おばあちゃんの所に遊びに行って来たばっかりだったんだ。
2時間くらいいて、いつ帰って来ていつ帰るかとか、
色んな話をしたのに。
お母さんにこの話をしたら、
最近おばあちゃんは、さっき話したことも忘れてしまうみたいだと、
同じ話を何度も繰り返すようになったと、
そう言ってた。
ついこの間まではすごくしゃっきりした人だったのに。
認めたくはないけれど、ボケが始まってしまったのかもしれない。
今、おばあちゃんはおじいちゃんと2人暮らし。
一緒に住んでいた伯父さん親子は、
伯父さんの転勤の為に車で6時間はかかる岩手に引っ越してしまった。
どんなに2人が寂しくても誰かが側にいてあげられないのが現状。
ただラッキーな事に、ウチはおばあちゃんの家まで車で30分の所にある。
その上、お母さんは今はずっと家にいるから、
いつでもおばあちゃんの所に行ってあげることが出来る。
自分が何歳になろうが親は親。
大事にしたいと思うのが人の心でしょう。
だから、我が家ではお母さんがちょくちょく実家に出掛ける事については
何にも言わない。
よく考えてみたら、おばあちゃんももう72歳。
そういう事が起こってもおかしくない歳なんだなぁ。
あたし達の時間が流れているのと同じように、
親にもおばあちゃんにも、同じように時間は流れてる。
若いあたし達が年を重ねることよりも、
お年寄りが老いていくことの方が誰の目にもはっきりと分かる変化。
変わらずに在り続けるモノなんて、この世には存在しない。
改めて思い知らされた、ほんの数分間のおばあちゃんとの会話。
明日はおばあちゃんの所に遊びに行こう。
あたしを忘れてしまわないように。
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